向上心を捨てようじゃありませんか

向上心をすてよ!

世の中のすべてのムーブメントは成長率でその価値観が定められているようです。
カメラも同じようですね。絶え間のない進化とどまることのない進化。
この急速なムーブメントはカメラがデジタルになってますます加速してきました。

ここら辺でちょっと私などは落ち着きたいと言うのが正直なところですがカメラ社会がそれを許さないと言う背景もあります。

その背景は我々自身のカメラライフにもあります。デジカメの新製品が登場したときにそこに常にある種の向上心を伴った期待が予想以上に作用しているからです。
このカメラの新しい性能は自分に良い作品を取らせてくれるのではない?

これは1種の悪魔のささやきみたいなもんです。

昭和30年代のカメラ雑誌の特集などで夢のカメラ未来のカメラをイラストにしたものがあります。なんとも子供っぽいアイデアなのですがあの当時の我々のカメラの夢が着実に一歩一歩上昇をしていて
今の時代になった事は間違いありません。
でも当時のカメラ人類が想像できた未来のカメラと言うのはデジタルではなくやはりフイルムの範疇にあったんですね。

向上心をすてよ!

このタイトルは10年ほど前に私がアサヒカメラで連載をやっていたエッセイのメインタイトルです。

向上心だけあると前ばかり見ていて横も後ろも見なくなるんです。
アサヒカメラの連載ではその意味を込めてこういうタイトルにしたんですが結構読者の共感を呼んだタイトルのようでした。それと連載ページの活字のサイズを大きくしてもらいました。これは間違いなく喜ばれました。

デジタルカメラの場合何が問題かと言えば新製品の登場はそれらは常に目の前を過ぎてゆく者と言う存在感であることです。
テストテストばかりで新しいカメラやレンズを食い散らかしてそのまま忘れて脇にほったらかしにしておくというのがこの場合近い状況ですね。

フイルム時代のカメラはデジタル時代のそれと異なり一旦使い始めたら何十年か使い続けるのが普通でした。そしてそのフィルムカメラで何十年も写真を撮り続けるというのが実は非常に重要なポイントなんです。

何も立派な作品を作りなさいとは言いませんけれども目新しいレンズとカメラでその場限りで通過していてしまうと言うのは非常に残念なことだと思います。

でもデジタルカメラの進歩と言うのは大カメラメーカーがやっている事ですからこれからますますその開発速度が速くなっていくと言うのは間違いありません。

同じカメラを長く使い続けると言うのは大切なことです。私が言っているのは最近のフイルムカメラブームと言うのとはちょっと違う意味なんです。グループ写真展でレンズの構成を指定したりレンズの焦点距離を指定したりしてグループ展をやるのはグループメンバーは楽しいでしょうがちょっと方向が違うようには私は思えてなりません。

楽しければなんでもいいじゃんと言う意見には私も逆らえません。
でも写真の楽しみと言うのはもっとひそやかなものだしもっと息の長いものでどうも
通常のカメラの向上心を捨てたところのその先にうっすら見えてくるあるもののようです。
ではまた明日のカメラ塾でお目にかかりましょう。


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