シャッターチャンスというのはなかなか来ないバスを待つようなもの

^ ^おはようございます。カメラで本気出す。
カメラに本気出す。長徳カメラ塾です。

東京の京橋でオーストリアウィーンを撮った私の個展が 8月13日まで開催されています。佃島の家の前からバスに乗って出かけるのですが私にはいつもジンクスがあります。確かマーフィーの法則と言ったと思いますが望んでいる偶然がなかなか来ないと言う意味です。

すぐバスに乗りたいのに私が立っているバス停には全然バスが来ません。そのかわり反対方向のバスは3台も4台も続けてくるのです。これは私にとってごくごく普通のことでその例外はありません。

さらに皮肉なことにバス停の先の郵便局に行く時などは私が乗らないバスは次々とやってくるのです。
こういう人生の細かいところの^ ^皮肉というのは別に誰にでもあることだからそういうものだと思ってしまえば良いわけです。

シャッターチャンスというのがそうですね。シャッターチャンスってうまくやってきたバスにさっと乗り込むようなものです。でもなかなかアンリカルティエブレッソンのような完璧なシャッターチャンスの瞬間と言うものはやってきません。

シャッターチャンスをバスがなかなか来ないバスと言うことになぞらえて考えると気持ちがだいぶ楽になります。バスを待つと言うのは日常的なポイントとは重要な事柄ですがそれで別に時間通り目的の場所について、どうこうと言うものでもありません。

考えてみると私の場合は交通機関には乗り遅れたりなかなかやって来なくて待ちぼうけしたりしますが今までの半世紀以上の人間関係では非常に恵まれています。
めったに会うことのできない人に偶然に出会ってその人が私の本の読者であったりするのは嬉しいものです。

人間同士の出会いの場所と言うものの方が冷静に考えてみればなかなか来ないバスを待つということよりももっと価値が大きいと思うのです。
そういう人生の重要なポイントに気がついて最近の私は家の前のバスストップも別にイライラしたりしなくなりました。

考えを180度転換させて道の反対側に来るバスが何台来るのかを自分のゲームにしているのです。ところがいっぱいそういう形の開始すると偶然の神様皮肉ですから反対方向に行くバスを1台もカウントしないうちにすぐ私の乗りたいバスが来てしまったりするのです。

これはこれで全く面白くありませんね。ものの例えですがシャッターチャンスと言うのは自分で意識して追いかけても絶対にやってきません。
自然体でいることですね。

ではまた明日のカメラ塾でお目にかかりましょう。

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